2015年2月25日水曜日

【人口動態】隠された意図とデフレ









 中学校あたりの社会科で、「人口ピラミッド」は出てきたと思う。
 「成長期の国は綺麗なピラミッド型になるが、成熟した先進国では逆ピラミッド形になるものだ」と、それがまるで「自然現象」であるかのように教えられているはずだ。
 先進国は少子化になるものなのです、それが当たり前なのです、と刷り込まれている。

 そこに「一切人為的意図など無い」という風に。
 これがまずである。

 あえて、減らしているのだ。
 人口が増えないようにしているのである。
 それをコントロールするのが経済であり、金利操作であり、その指標がインフレ率なのだ。

 インフレを抑制するというのは、すなわち人口を抑制するということなのだ。
 少子化は選択的に行われていることなのである。



 戦後のベビーブームを生み出したのは、最近ピケティが見出したように、
 戦後の復興やら社会主義思想の広まりによる労働分配の増加によって、労働者階級に公平に所得が分配された結果である。

 労働者に公平に所得を与えたために、労働者たちは安心して結婚し子供を増やしたのである。

 これによって起きたのが人口の増大なのだ。
 それに対する政策が、「インフレを抑制して人口を抑制しろ」ということなのである。
 石油ショックと同じ時期に「成長の限界」なるプロパガンダがなされ過剰人口の恐怖が煽られた。おそらくは石油ショック自体もまた、同じ意図で行われたものである。
 これは人口増大を真に恐れたのか、あるいは労働分配の増大による自己の富の喪失を恐れた人々による「1%の反撃」だったのかは定かではない。

 ともかく、それが金融においては金利を上げて通貨の量を減らすこととなり、財政においては分配を絞って労働賃金を下げる(生産性を上げる)という「経済学的解答」を生み出したのだ。

 デフレーションというのは、選択的に行われている政策なのである。
 これは「問題」ではなく、「解決策」なのだ。
 人が多すぎる、人口増大が怖い、飢餓が怖いという「1%」の人々の生存本能が、そういう「正解」を創りだしたのである。

 ゆえに、「格差」もまた「問題」ではなく、「解決策」なのだ。
 過剰人口こそが問題であり、格差を是正したら人口が増えるのだから、格差を放置して貧乏人を殺すのが正解になるわけである。



 日本が先進国の中でもここまで不況を深化させてしまったのには、「高齢化」がある。

 人口増大を抑制しながら社会を維持させようとすると、出生と死没をバランスさせる必要がある。
 生まれるのは死んだ数だけにするのである。「静止人口」というものだ。

 1人産むために、誰か1人が死ぬ必要がある。
  誰か1人死ぬことによってはじめて1人産む余地を与えるのだ。
 まさにゼロサムゲーム、椅子取りゲーム、自分が生きるために誰かを殺さねばならないという原因がここにあるのだが。

 日本は石油ショック以降、過剰な金融引締めと財政均衡によって、分配を減らし、「狙い通り」少子化を促すことには「成功」した。1975年以降、日本の出生数は減る一方である。

 ところが、日本の人口はそれ以降も増大し続けた。
 「静止人口」から人口減少に至るまで、実に35年近くの時間がかかった。
 そうなったのは日本人が「長寿化」したためである。

 せっかく子供を減らしていたのに、一方で年寄りはなかなか死ななかったからだ。

 それゆえに、より過剰に、少子化を促すことになった。
 誰かが死なない以上、子供を増やすわけにはいかないからだ。
 日本が欧米とは違ってデフレに陥ったのはこのためだ。

 欧米ならば年寄りはさっさと死んだので(そして殺すためのサッチャー改革などもあったが)、経済がデフレに陥る前にある程度安定したのだ。
 しかし、日本においては長寿化が進んだために、どれだけ経済を引き締めても、 人口を抑制できない。
 そこで過剰に金融と財政を引き締めてよりインフレを抑制(デフレに誘導)した結果、ついにデフレ経済という状況を現出させてしまったのである。
 その政策は主に労働分配を阻害し、若者への所得分配を抑制したので、より少子化を促したのだ。

 昨今言われている、「年金・医療改革」が何を意味しているか、これでお分かりだろう。

 なかなか死なない年寄りを、ついに直接殺そうとしているだけなのだ。

 そうして「静止人口」にしようとしているのである。
 ここには「明確な意図」があるのだ。
 断じて自然現象ではないし、市場原理でもない。



 経済において「パイ」とは「需要」の事であり、「人口」の事である。

 人口増大を抑制し、「静止人口」を目指す限り、「パイ」は一定になる。
  子供を増やすためには誰かに死んでもらわねばならず、自分が金持ちになるためには誰かに貧乏になってもらわねばならない。

 そういう政策の根源に、人口を抑制し、人口の増大すなわち「インフレーション」を抑制するという思想がある。
 人類が増え過ぎたら滅びるのだ、と。
 地球の許容人口は限られていて、これ以上増やしたら滅亡するぞ、と。

 そういう「狂信」が、今日の経済を作り上げている。

 経済のパイを増やし、経済を成長させるというのは、すなわち人口を増やすということなのだ。
 人口を増やすという意思のない経済成長など、「成長」ではないのである。

 日本は2億人の人口を目指し、この列島で2億人を生存させるために必要な技術革新に資金を充てることで経済を回し、経済成長を目指すのが正しい。
 石油が、食糧が、住む場所が、公害が、と、
 そういう問題が分かっているのならば、その問題を解決するために人と物と金を動かすのが、まさに経済の役割なのである。

 しかし現状では。石油の量に合わせて、食糧の量に合わせて、それを海外から輸入するためのドルの量に合わせて、人間の方を抑制しようとしている。
 出生と死没のバランスをとる以前に、資源限界に合わせて人口そのものを減らそうとしているのだ。
 そして”過剰人口”を抑制し、成長は諦めようなどと言っている。

 そういう「人口限界説」が存在する限り、このゼロサム経済による人殺しが終わることはない。